「設計事務所に依頼する」ということ。/vol.7 建築士・加原雅之インタビュー

浦建築研究所をより身近に。こちらの「建築コラム」では、建築事例だけでは見えないスタッフの素顔や、建築業界のトピックなどもご紹介していきます。第5回は、建築士・加原雅之さんへのインタビューです。今回のテーマは「設計事務所に依頼するということ」。
意外と知られていない、設計を「設計事務所に頼むのか/施工会社に頼むのか」といった違いや、加原さん自身の設計信条にいたるまで、“建築士と建築をつくること” についてお話をうかがってきました。

加原雅之さん。一級建築士。統括設計グループ第二室室長。また、社内で新たに立ち上げた「環境ラボ」のラボ長も務める。

「設計」と「施工」そして「監理」

──「建物を建てたい」という時、「設計事務所に設計を依頼して、施工会社に施工してもらう」のと、「設計施工の会社に一貫してお願いする」という選択肢があると思いますが、この「違い」がいまいち明確に分からず。教えていただけますか。

加原:はい。その前にまず、建築をつくる上で欠かせない3つの役割についてご理解いただきたいと思います。それは「設計」「監理」「施工」です。
「設計」と「施工」は割と耳慣れた言葉だと思いますが、「監理」は一般の方にはあまり知られていません。また、一言に「かんり」といっても、建築業界では「監理」と「管理」の2種類があって使い分けがなされています。まず「監理」は、建築士が施主側の立場から施工会社の工事を点検し、図面通りに工事が行われているか確認する業務です。もし工事に不備があれば建築士が施主に報告し、施工会社に指摘します。対して「管理」は現場での進行やスケジュールを管理することを指します。私たちは前者の「監理(工事監理とも)」という役割が、非常に重要だと考えます。

建築業界における2つの「かんり」。「監理」は漢字の成り立ちから、業界用語で「サラカン」と呼ぶことも。

「監理」としてのチェック体制

加原:このことを踏まえて、「設計事務所」と「施工会社」に依頼する違いをご説明します。大きくは「品質」と「コスト」の二つに分けられると思います。

まず最初に「品質」の面からは「チェック機能が働いているか」ということがひとつポイントになってきます。私たち建築事務所が設計した場合、通常は図面通りに施工が行われているか「監理」として施工現場の点検を行います。
しかし、設計から施工までを一社が担う場合、この“チェック機能”が上手く働かない可能性がありますよね。また、仮に設計事務所と施工会社が別々だったとしても、グループ会社など同じ資本関係にある場合は同様です。これはシステムとして問題があるように感じます。

──確かに、耐震偽装が行われた「姉歯事件」など、手抜き工事が報道されて社会問題にもなっていましたよね。

設計と施工が別会社の場合。設計事務所には「監理」する責任があるのチェック機能が働く。
設計と施工が別々であってもグループ会社などの同資本関係だった場合。チェック機能が働いているか疑問が残る。

コストに「競争原理」が働いているか

ーー意外と知られていない「監理」というプロセスが、実はとても重要なのだということがよく分かりました。

加原:はい。ですから「設計と施工の業務が分離している」という状態が、互いにチェック機能を保つ上でも健全な在り方なのではないかと、私たちは考えます。

そして、「価格決定に市場の競争原理が働いているかどうか」が、二つ目のポイントになると思います。設計事務所の場合、一つの図面に対して施工会社数社に見積もりをとることが多いです。そこで「見積もり合わせ (※)」をして、低い金額の施工会社が請け負うのが一般的です。
しかし設計から施工までを一社が担っている場合、その比較検討のプロセスがないので工事費の妥当性を検証しづらく、「その会社の言い値」になる可能性もあるわけです。すると施主としては、必要以上の経費を支払うことになってしまいます。

※見積もり合わせ…工事の発注において2社以上の業者に見積書を依頼し、金額や内容などを比較検討すること

設計と施工の間に「一線を引く」

──それは意外でした。一貫してお願いできる分、「設計」より「設計施工」の会社の方がなんとなく安くなるイメージがありました。

加原:そうなんです。この「見積もり合わせ」の作業で、最高価格と最低価格に大きな差が開くことはよくあります。もちろん「ただ安ければ良い」というわけでもないので、見積もり内容も十分に精査しますが。
また、設計事務所は「お客様の立場に立つ」ということが基本姿勢です。しかし設計施工を一社で行っている場合、「施工しやすいデザイン」を優先したりなど「会社側の意見」に寄ってしまうことも可能性としてはあるわけです。「100%お客様の立場に立って、会社に進言できるか」というと、難しい場面もあるのではないでしょうか。そういった意味でも「設計と施工の間に一線を引く」ということは重要なのではないかと考えます。

加原:もちろん施工会社に依頼する良さというのもあって、早い段階から「お金」と「スケジュール」をコントロールしやすい、という一面もあるとは思います。先述したように、設計事務所の場合は数社に見積もりをとるので、施工者が決まるまでは「この金額になります」と言い切れませんし、先行して建材を取り寄せることもできません。また、「面倒なので、全部おまかせしたい」という方には、一社で設計から施工まで担当してもらいたいというお気持ちもあるでしょう。まぁ建物規模や用途によってもケースは異なるのですが。

ミクロもマクロも、徹底リサーチ

──設計事務所と施工会社に依頼する違いが分かったところで、次に実際に「設計事務所に設計を依頼する」場合、どのような流れで進んでいくのでしょうか。

加原:弊社の場合、まずは営業担当が案件の概要をヒアリングさせていただきます。そして次回に設計者が同席させさせていただく、といった流れになりますね。
建築士がうかがって、まず確認するのは「敷地」です。当然ですが、建築は車などの動かせるものと違って、“土地に根付くもの”です。そういう意味では、植物などに近い。土地の特性や気候風土、周辺環境といった情報をしっかりと頭に入れておくということはとても大切です。

加原:そして重要なプロセスのひとつが「リサーチ」ですね。クライアントが企業さんなら、会社の歴史や理念など集められるものは全て調べますし、一社のことだけでなく「業界の動向」といったことも調査します。建築は長い時間残るものですから、「今」だけではなく「その先」についても想像力を働かせることで、未来を見据えた提案をすることができます。


──個人の好みといったミクロなものから、業界の動向といったマクロなものまで徹底的に調べるのですね。

加原:はい、「設計」に入る前のリサーチとコンセプトワークが、実はとても重要で。ですからどんなに忙しくとも、ここにはしっかりと時間をかけるようにしています。

異論がないと「むしろ困る」

──浦建築研究所では「共に、つくる」をコンセプトにしていることもあって、「お客様と伴走する」というスタイルを会社として大事にしているように感じます。

加原:それはやっぱり、その方が良いものになるからだと思いますね。喧々諤々やりながら一緒に作った方が、絶対に面白いものができる。ですから、お客様からの「もっとこうして欲しい」「こうじゃない」といったご要望は、僕らとしては大歓迎なんです。

──そうなんですね!なんとなく、建築士さんからの「ごもっとも」な提案に対して、素人が意見しずらいイメージがありました…。

加原:えっ、本当ですか。そういうイメージを持たれているとしたらショックですね。僕ら設計士としては、むしろ意見をおっしゃっていただかないと困ります。
とはいえ「建築を言葉で表現する」のはとても難しいので、お施主さんのご要望が矛盾を孕むこともあるわけです。整合性がない意見って言い出しづらいと思うのですが、そのままで全部聞かせていただきたい。その矛盾を建築的な手法で解決するのが、僕らの仕事だったりするわけで。実際にそうやって捻り出した提案が「おっ、いいね」とおっしゃっていただけた時には、もう小躍りしたくなるくらい嬉しいです(笑)。

「社内で葛藤がある」ということの重要性

──先ほどは「設計」と「設計施工」の対比でしたが、今度は同じ「設計」の中でも、一般的な「設計事務所」と比べて、浦建築研究所のような「組織設計事務所」にはどのような強みがありますか?

加原:組織設計事務所では、同じ建物のなかで「構造」や「環境設備」が仕事をしているので、すぐに確認ができて意見やリアクションが得られるのはやはり大きいですよね。

また、通常設計を行うプロセスではまず「意匠」というものが川上にあって、そこから川下に行くに従って「構造」や「設備」が順に出てくるというのが一般的ですが、弊社なら「今回の案件に関しては『環境』から考えてみませんか」という提案もできるわけです。

──なるほど。“デザイン先行”ではないアプローチができるのは組織設計事務所ならではですね。

加原:特に近年、環境への負荷を軽減させる「環境設計」という視点は、建築業界にとって重要なテーマになっているのでセクションを超えた協働は重要です。私達としても2023年4月には「浦設備研究所」から「浦環境研究所」へと社名変更をしていますし、浦建築研究所では社内に「環境ラボ」という環境建築を研究するチームを設けていて、私はそこのラボ長もしているんです。「22世紀を見据えたデザイン」をスローガンとして、設計・設備など部署の垣根を超えて人を集めて、今研究をしている真っ最中です。


──やはり環境への配慮によって、設計に対する考え方にも変化はありましたか。

加原:かなり変わりましたね。例えば、少し前までは全面ガラス張りの建物は一般的でしたが、空調コストなど環境負荷があまりにも高いので、現在ではなかなか考えづらいデザインになりつつあります。もちろんガラスならではの特性や機能もあるので、効果的に用いることが重要です。ただ設計側が「この部分はガラスにしたい」といっても、環境建築を数値でコントロールしている設備側からは「開口部はやめてくれ」という意見になるわけで(笑)。そこをお互いに知恵を出し合いながら解決策を模索していきます。

「お客様の希望を全て叶える」が、スタートライン

──それでは、加原さん個人の設計スタンスについてもお聞かせ願えますか。

加原:僕は基本的に、クライアントの要望は全て叶えたいと思っています。

──「全て」ですか、「なるべく」とかではなく。

加原:はい。「できません」って言いたくないんですよね。もちろんどうしても難しいという場合はありますけれど、基本姿勢としては言いたくない。その「できない」を、意匠の力だけではなく、他のセクションと協力することで解決していきたいんです。
「要望を全て叶える」ということを、まずスタートラインにした上で、どこまでプラスして建築に落とし込めるか。それはいつも考えていることです。もちろん「言われた要望を叶える」だけではなく、お客様が想像していなかったような“サプライズ”もそこには加えていきたい。「サプライズが起こせるエンターティナーでありたい」と、先輩がよく言っていたんですが、いい言葉だなぁと。

「最強の設計集団」を目指して

──最後に、今後の目標などあれば是非お聞かせ下さい。

加原:僕は、とにかく「設計」がしたいんです。極端にいうと「設計だけ」していたい。そういう意味でも、設計に専念できる浦建築研究所の環境はとても恵まれると思います。

ただ僕も間も無く50歳になるので、「自分が設計したい」という想いだけじゃなく、後輩たちに対して「どう良いものを残していくか」というフェーズに入ってきているように感じています。街として見たときも、やっぱり良い建物がたくさん残っていた方が、良い街になると思いますしね。
そこで最近考えているのが、浦建築研究所として「最強の設計集団」になる、ということ。ちょっと少年漫画みたいな目標で恥ずかしいのですけれど、僕が引退するまでには実現させていたい。まぁ、若手が僕の話を聞いてくれるのもあと5年くらいだと思うので(笑)、急がないといけませんね。

(取材:2023年10月)