保育士と設計士で共に築く「自慢したくなるこども園」/vol.17 今江こども園

浦建築研究所のミッションステートメント「共に、築く」。こちらのコラムでは、私たちとプロジェクトを共にしてくださっている方々へのインタビューもご紹介しています。今回は浦建築研究所が設計を担当し、2025年4月に新築移転した幼保連携型認定こども園「今江こども園」園長の二木惠子さんへのインタビューです。
小松市今江町で昭和1959年から地域の幼児保育を担ってきた同園。すでに再来年度分まで入園予約は満員で、町外からも問い合わせが絶えない小松屈指の人気こども園です。旧園舎の老朽化に伴い、50年目の節目に大きなリニューアルへと踏み切られました。「本当に自慢の園なので、ぜひたくさんの方々に見ていただきたいです」とインタビューを快く受けてくださった二木園長先生。“絵本”に力を入れる園の方針を取り入れた設計や、トラブルすらも共に乗り越えてきた設計士とのあゆみなど、お話をうかがってきました。

園長の二木惠子(ふたぎけいこ)さん。小学校校長まで務めた元“ベテラン教員”。その後今江こども園 園長に就任。ご自身も今江町在住でまさにホームタウン
「施主の想いを受け止めてくれる設計事務所」という“口コミ”
──まず保育園の新築移転の際に、浦建築研究所に設計を依頼された経緯からうかがってよろしいでしょうか。
二木園長先生(以下二木):浦建築研究所さんのことは、同業の保育関係の方から教えていただいたんです。「築50年近くになる園舎の建て替えを考えて、設計事務所を探している」と相談したら「浦さんのところは施主の話をきちんと聞いてくれるよ」とおすすめいただいて。そしたら本当にその言葉通りだったので驚きました!
設計士としてのプライドもあったでしょうし、「こんな風にしたい」という想いもおありだったと思いますが、浦建築さんはまずは“私達の想い”を全て受け取ってくれて、そこから一緒にできることを考えてくれました。だからこそ、今から園舎を建てる予定の方がいたら、私達も浦建築さんをおすすめするつもりです(笑)。
「“むしろよかった”と、言えるようにしましょう」
──いわば保育関係者同士の“口コミ”からご依頼につながったんですね。施主の想いをまず全て受け取ってくれると。
二木:浦建築さんのその姿勢は、ピンチに見舞われた時も変わることはなかったんです。基本設計が完成した段階で、私と理事長の希望を全て取り入れた設計では、大幅に予算オーバーすることが判明したんですね。助成金の見当が違っていたことも要因としてありました。
役所への基本設計の提出期限まで2週間もないという差し迫った時期に、億単位の減額しなくてはいけないー‥。困惑しながら加原さん(統括設計グループ第二室室長)に相談したら「わかりました、やりましょう!」と。「作り直した設計プランの方が“むしろよかった”と、あとで言えるようにしましょう」と力強くおっしゃってくださって。そして、その場ですぐ減額のための計算を始めてくださったんですね。もう理事長も私も感激してしまって。
──億単位の減額とは...! もう“白紙に戻す”というか、「話が違うので、うちではできません」となってもおかしくなかったかもしれませんね。
二木:そうなんです。それに「保育園を建てる」なんて一大事業、私ももちろん理事長も経験がありませんから、何をするにも“分からないことだらけ”で。そしたら借入のための機構への説明や、補助金の相談などにも、浦建築さんが必ずついてきてくださったんです。それは本当に心強かったですね。
BIMモデルで、保育士さんと“設計”を共有
──今ほど名前が上がった加原さんをリーダーとして据えながらも、今江こども園さんの設計は若手スタッフの伴さんが担当しました。別インタビューでも「まさに先生方と一緒につくった保育園」と話されていましたが、今回の設計のプロセスを教えていただけますか?
二木:はい。まずは私たちの想いをとことん聞いていただきました。それに対して伴さんともう一人の若手の設計士さんがそれぞれ案を持ってきてくださったんですね。「この案のここがいい」「こっちの案はこれがいい」というところを合体させたかたちです。前述したように大幅な減額の必要もあったので、その調整は加原さんが担当されていました。
少なくとも50年はこれから使われる園舎ですからね、“50年分の責任”がかかっているのでこちらも真剣勝負で。「ニュアンスまで伝わったかしら」と夜中に目が覚めることもありましたよ(笑)。
そして設計ができあがってきたらBIMモデルを動画としていただけたので、その動画をみんなで共有して理解した上で、リーダー格の保育士全員に設計図面を回して、それぞれが思う要望を書き込んでもらいました。現場で保育を担当している先生たちの目線ってものすごく細やかなので、図面は付箋だらけになってました(笑)。
日々子ども達に向き合う“現場の知恵”
二木:動線はもちろん、棚や机の高さや形状、角の面取り、床暖や照明の位置、手洗い場の足下の1cm弱の隙間に至るまでー‥子どもはこの“1cm”でも怪我をしてしまいますからね。本当に細かいところまでこちらの要望を伝えて、伴さんはそれを漏れなく聞いて全て解決してくれたので、本当に感心しているんです。大変だっただろうなぁと。
そして、少なくとも月に一回は浦建築さんはもちろん、施工会社さんや設備会社さんなどの業者さんを交えた合同ミーティングを開いていただいていました。その他にも個別の打ち合わせや電話で細かな擦り合わせや確認にも対応いただいたおかげで、本当に満足できる建物になりました。
他の保育園から今江こども園に視察にこられた先生方は「これいいなぁ〜」とよくおっしゃっていただけるんですよ。現場の保育士さんには、この建物の“良さ”がすぐにわかるんですよね。
「子どもがわからないと、保育園は建てられない」
──それは「保育園建築のセオリー」というよりも、先生方が日々子ども達に向き合う中で積み重ねられた“現場の知恵”ですね。
二木:そうです。やっぱり「子ども」が分からないと、保育園は建てられないですよね。まずは何より子ども達の安全が第一ですから、いくら「美しく」たって子ども達が危なかったら意味がない。それに先生の主たる仕事は“保育”です。毎日掃除や片付けばかりに追われて保育が疎かになることがあっては本末転倒です。
例えばガラスは危険な上に子供達がすぐに触ってベタベタにしますし、子どもはよく嘔吐するので何度消毒しても耐えられるような床でないといけない。素材の段階からたくさんの要望が入ります。伴さんは今回設計を担当されたことで、“子ども”が本当によく分かったと思いますよ。
「すでにここにあるもの」を最大限に活かしながら
二木:そして新園舎のロケーションや、旧園舎で使用していた什器など「すでにあるもの」の魅力を最大限に活用してほしいということもお伝えしました。
まず土地の魅力ですが、ここは歴史ある今江春日神社の真向かいという素晴らしい立地です。なので建物は景観に馴染むよう、なるべく“色を抑えて”計画していただきました。また広々とした敷地を確保できたので、保護者の送り迎えで混雑しがちな「駐車場」も広くとっていただき、今では秋祭りや子どものフェスティバルなどの開催地にもなっています。
東側には白山連峰の雄大な景色が広がっていて、側には「IRいしかわ鉄道線」の線路もあり、子ども達が大好きな「電車」を毎日眺められるのも魅力です。
そして旧園舎の棚や什器も活用し、そのサイズにあわせて設計してくださっているので、どこもピッタリと収まっていて気持ちが良いんです。そのために伴さんは何回も旧園舎に足を運んで、家具の計測をしてくれていました。
園の中心にあるシンボルツリー“絵本の木”
──そして何より園の建築的シンボルとなっているのが“絵本の木”だと思います。玄関から入ってすぐの空間に配置されていて、園のポリシーを体現するかのような。
二木:園を建設する以前、ここにはすごく綺麗な桜の木が立っていたんです。加原さんも伴さんも当初から「この木を活かしたい」とおっしゃっていて。一番最初の伴さんの案はこの木をそのまま園内で活かす案でした。さすがに本物の樹木だと管理が大変なので「“絵本の木”にしてほしい」と、私たちから提案したんです。
うちの園は「絵本の読み聞かせ」に長年力をいれて取り組んできました。園内には約3,000冊の絵本があり、0歳児から年長さんまで、毎日朝昼夕の3回読み聞かせの時間を設けています。その象徴として園の中心に「絵本の木」があること、そしてどこにいても気軽に「絵本に触れられる環境づくり」を一番に考えてほしいとお伝えしました。
絵本に触れられる環境には本当にこだわっているので、伴さんとは絵本館などの視察にも一緒に色々といきましたよ。本を手に取りやすい角度や長さなど、現地で一生懸命計測してらっしゃいましたね。
「聞く力」は学びの基本であり、生き抜くための力
──「絵本教育」はどの園でも力を入れておられる印象はありますが、ここまで徹底されているというのは圧巻でした。どうしてそこまで注力されるようになったのでしょうか?
二木:それは「聞く力」を育むためです。絵本を読むことで「心が豊になる」とはよくいわれることですが、私たちは加えて「聞く力」を身につけもらうことを重視しています。そこが他と違う視点かもしれませんね。
実は私はもともと教師で、前園長も教師だったんです。だから“学びの基本”は「聞く力」にあるということは、長年の教員生活を通して実感していたことでした。それに災害などの非常時にはこの「聞く力」が自分の命を守ることにもつながります。
特に小学校に上がってから、その力は如実に現れてきますね。ですから、うちの卒園生達は小学校の先生方からも評判がいいんです。「聞く習慣が身についている」「聞き漏らしがない」って。
絵本をよんでもらった時間の “温かな記憶”
二木:先生が絵本を持ってくると子ども達は自然と集まってきて、静かに耳を傾けています。だから「静かにしてください」なんて大人の注意も必要ありません。あまりにも真剣に話を聞いてくれるものだから「私、絵本を読むのが上手くなった…!?」と勘違いするほど(笑)。
もちろん、絵本教育に力をいれているからといって、全ての園児が“本好き”になるわけではありません。他にも楽しいことが色々とある世の中ですからね。ただ、絵本を読んでもらっていた時間の記憶ー‥「何だかあったかいな」という感覚や「あの時、園長涙ぐんどったわ〜」とかでもいいんです(笑)。何かが彼らの心に残ったらいいなと思っています。
満足度は100%以上 !“自慢話”がつきないこども園
──それでは最後に、新築移転されて半年が経ちますが、実際に建物を使ってみての感想はいかがでしょうか?
二木:満足度でいえばもう100%以上ですよね。使い勝手もすごくよくて、規模感もちょうど良い。まさに、大幅な減額を迫られた時に「“むしろよかった”といえるようにしましょう」と加原さんがおっしゃってくださった通りになりました。
残念なことが一つあるとしたら、建物が竣工してしまって、もう皆さんと会えなくなったことでしょうか(笑)。浦建築研究所の皆さんはもちろん、一緒にお仕事されている皆さんも本当に素敵な方ばかりで、良いチームでした。とっても寂しいので「どこか壊れてくれんかなぁ〜」と思うくらいですが、さすがは浦建築さん、どこも不備がでないんです(笑)。
今日も園の自慢話ばかりでごめんなさいね。またいつでも遊びにいらしてくださいと、皆さんにお伝えいただけたら。
(取材:2025年10月)
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<後日談>
「石川県デザイン展」受賞記念コメント!
この度「第52回 石川県デザイン展 空間デザイン部門【インテリア】」にて、今江こども園が「株式会社北國新聞社社長賞」を受賞しました!受賞を祝し、今江こども園 理事長・山﨑久次郎さんにコメントをいただきました。 実は山﨑理事長は、今江こども園建設の“影の立役者”。長年建築業界で培った経験を活かし、設計プランの段階から施工現場に至るまで、設計士と共に一つひとつの工程に寄り添い伴走してくださった、まさに“共につくった”お一人です。

「社会福祉法人 今江福祉会 今江こども園」の理事長・山﨑久次郎さん。14年間にわたり理事長として子どもたちの成長を見守り続けてきました。長年、設備関連の仕事に携わってきた経験から、旧園舎でも理事長自ら修繕作業を行うこともしばしば。また、宝生流の謡曲において嘱託教授の資格を持つなど、文化人としての一面も。
「私自身、ほぼ毎日工事現場に顔を出していたほど思い入れのある園舎で、我ながら“素晴らしい園になったなぁ”と感じていたので、皆様にもご評価いただき今回このような賞をいただけたことを大変嬉しく思っております。
長年建築業に携わってきた身としても、浦建築さんの仕事ぶりには信頼感がありました。通常このような大規模建築は“設計士さんにおまかせ”になりがちですが、浦建築さんは施主である私たちの要望を一つ一つと受け止めてくれて、すぐに提案をしてくれました。浦建築さんはじめ、皆様のお知恵を拝借しながらつくり上げた建物だからこそ、この賞をいただけたと思っています。
子ども達は“宝”です。広々としたこの新しい園で、未来ある彼らに伸び伸びと育っていってほしいですね」

絵本を棚から取ると動物たちが現れる遊び心溢れる仕掛けも、理事長のアイディア

受賞記念に理事長と園長先生、そして設計担当の伴さんとパチリ!おめでとうございます!
(追加取材:2025年12月)