能登栗の魅力を、銀座のど真ん中で発信する旗艦店 /vol.21 WAGURISHIRATSUYU GINZA

浦建築研究所のミッションステートメント「共に、築く」。こちらのコラムでは、私たちと共にプロジェクトに取り組んでくださっている方々へのインタビューをご紹介しています。今回は、2025年3月に東京・銀座にある「GINZA SIX」にオープンした「WAGURISHIRATSUYU GINZA」代表・坂本太朗さんにお話をうかがいました。
金沢・ひがし茶屋街に本店を構える「和栗白露」は、栽培から手がける能登栗を使ったモンブランなどが人気の和栗専門店です。銀座エリア最大級の商業施設・GINZA SIXにおける旗艦店出店では、浦建築研究所が内装設計を担当しました。本コラムでは能登栗を用いた事業を始めたきっかけや、今回のプロジェクトへの想いなどをお聞きしました。

 

「和栗白露」代表の坂本太朗さん。インタビューは東山の本店にて行いました

能登栗本来の「繊細な味わい」を届ける

──和栗白露さんのモンブランを初めて食べた時、その繊細な味わいに驚きました。何より“栗の味”が真っ先に感じられるというか。

 

坂本さん(以下坂本):ありがとうございます。私たちは、能登栗本来の味を生かした、シンプルかつ奥深い味わいを追求しています。添加物や人工的な香料などは一切使用せず、栗を熟成させることで本来の糖度を引き出しています。砂糖は極力控えていますが、厳選した沖縄・伊江島の黒糖などを、栗の風味を引き立てる“スパイス”のような感覚で用いています。

 

──この繊細さを味わってほしいからと、ドリンクメニューにもあえてコーヒーは入れていないとか。

 

坂本:そうですね。和栗の風味は本当に繊細で、強い風味や香りがあるものと合わせると、すぐに隠れてしまうんです。個人的にはコーヒーも好きなのですが(笑)、やはり何かを選ぶなら、何かは捨てないといけませんから。

熟成能登栗を使用した「榛摺(はりずり)」。同店のシグネチャーともいえるモンブラン(画像提供:和栗白露)

イタリアで感じた「地産地消」への誇り

──和栗の魅力を引き出すことを徹底されていますが、そもそもどうして和栗専門店を始めようと?

 

坂本:元々、僕は金沢駅の近くでワインバーを経営していました。ワインが好きで、イタリアのワイナリーを訪ねていた時に、“地産地消文化”に衝撃を受けたんです。それはもう「他の州のものは食べない、他の州のワインも飲まない」というくらいで(笑)、“自分の州”が“自分の国”のような感覚。人々が土地への誇りや熱い想いを持っていることに、深く感銘を受けました。

 

そこで、自分は日本人なのだから、もっと国産ワインに目を向けてみようと思い始めたんです。僕自身、能登の出身でもあるので、次第に地元のものに目が向くようになっていきました。その中で能登のハイディーワイナリーさんから声をかけていただき、ワインバーと並行して酒屋業も始めるようになったんです。

坂本さんは能登・七尾市の出身

やさしい味わい、「能登栗」の衝撃

坂本:酒屋業のほうもお客様が増え、軌道にのってきた矢先、新型コロナウイルスの感染拡大が始まりました。するとワインの注文が一気にストップしてしまって。何か手を考えなくてはと、ワインだけでなく地元の食材も一緒にお客様へ届けられないかと模索する中で出会ったのが、「能登栗」だったんです。一口食べた瞬間、その優しい味わいに衝撃を受けました。けれど、能登栗は高級栗の中でも特に希少で、食材としてはなかなか気軽には使う事が出来ませんでした。

 

「ワインバーを続ける中で、これからのライフスタイルを見つめ直し、昼の時間帯に自分の『好き』を形にできるカフェへ挑戦したいと考えるようになりました。その時に「あの栗を使ったスイーツを、自分で提供したらいいのでは」と思い至りました。

和栗白露本店の店内(画像提供:和栗白露)

価値を伝えるためのブランディング

坂本:しかし、原価の高い能登栗でスイーツをつくるので、必然的に価格も高くなります。当初は受け入れられるか不安もありましたが、お客様には思いのほか好評で。ちょうど“モンブランブーム”が巻き起こるタイミングと重なったことも、追い風となりました。それで、ひがし茶屋街のそばにお店を持つことにしたんです。

 

──出店の地として、どうして東山エリアを選ばれたのでしょうか?

 

坂本:やはり「良いものの魅力」をきちんとお客様に伝えるには、世界観を築き、プレゼンテーションしていくことが大切です。その上でも「東山」という場所の力は大きいと感じていました。
また、ひがし茶屋街自体もコロナ禍で閉店が相次ぎ、空き店舗が増えていることが問題になっていました。そんな中、ワインを卸していた頃からお世話になっていた茶屋街の方々にこの場所とのご縁をいただき、出店が叶いました。

昔ながらの格子の街並みが続く「ひがし茶屋街」(画像提供:金沢市)

被災した栗農園を引き継いで

──ここまで和栗専門店をオープンされた経緯をうかがってきましたが、現在はさらに「栗の栽培」まで手がけておられます。カフェ運営から、また飛躍があるように思うのですが…?

 

坂本:きっかけは能登半島地震です。それまでお世話になっていた能登の栗農家さんも甚大な被害を受け、農園をたたむことを決意をされました。けれど栗園は一年でも管理を休むとだめになってしまいます。そこで「自分しかいないだろう」と覚悟を決め、未経験ながら農園を譲り受けることにしました。

もともと能登栗は、戦後に産業の少なかった能登で、新たな地域産業として根付くよう町をあげて栽培されてきたものです。そのため農家さんの多くは高齢で、私自身も「いずれは何かしらの形で関わりたい」という思いはありました。まさか、こんなに早くその時が来るとは思っていませんでしたが(苦笑)。

 

──農業未経験で栗栽培にチャレンジされたのですね。

 

坂本:話が決まってすぐに、見習いとして能登に通い始めました。当時は被災地の宿泊施設も不足していたので、能登に滞在する時は車中泊をして。剪定、枝の処理、草刈り、防虫対策、収穫まで、一通り体験させていただき「何とかやれそうだ」という気持ちに至りました。今も週に2〜3日は能登に行っており、年間で100日くらいは栗園にいますね。

能登町で栽培されている栗(画像提供:和栗白露)

栗は「鮮度勝負」だから

坂本:自分自身が栗農家になって、栗は「鮮度」が非常に重要な果樹だということを、改めて感じました。9月から10月初頭にかけて栗の収穫期を迎えるのですが、その間、毎日実が落ちるんです。しっかり熟して自然に実が落ちるのを待ち、落ちたらすぐに拾い集め、洗ってから急速冷凍します。栗は収穫後も呼吸をしており、エネルギーとして中の糖分を消費するため、すぐに対処しないとどんどん甘みが失われ、腐敗も始まる。だからこそ「鮮度勝負」なんです。

 

── 意外でした。栗は“木の実”というか、ナッツ類同様に日持ちがするイメージでした。

 

坂本:私たちが普段食べている栗は、加工済みのものがほとんどですからね。例えばケーキ屋さんのモンブランなども、腐敗を防ぐためにかなり砂糖を使用します。砂糖の使用量が全体の30%でもだいぶ少ないと言われる中で、うちのメニューは多くても15%ほどと、かなり低糖です。

栗はオーブンでじっくりと焼き上げ、甘さを引き出す(画像提供:和栗白露)

和栗を育む、“能登のテロワール”

──ちなみに能登栗の特徴などはあるのでしょうか?

 

坂本:栗って、ワインでいうところの“テロワール(※)”のように、品種だけでなく「風土」や「作り手」の取り組みが大きく味に反映される果樹だと感じています。

 

半島である能登にはどちらからも海風が吹き込んできて、ミネラル豊富な土壌です。その地に根を張り、厳しい寒暖差の中で育つことで、濃厚な甘みや深いまろやかさが生まれます。また、能登は粘土質な赤土が多いためか、能登栗も「粘り」があるんです。このねっとりとした粘り気も、美味しさにつながる能登栗の個性だと思っています。まぁ、裏漉しをする側としては結構大変なのですが…(笑)。

 

(※)テロワール…フランス語の「風土」や「土地」から生まれた言葉で、農産物や食品の品質や特徴を決定する環境要因のこと。

能登栗は粘度が高いので、裏漉しも力仕事!(画像提供:和栗白露)

「本物」が集う場で
能登栗の魅力を届ける挑戦

──ここから「GINZA SIX」の出店についてお聞かせください。まずは経緯をお聞かせいただけますか。

 

坂本:はい、4年ほど前からお声がけはいただいていたのですが、まずは東山の店舗をしっかり根付かせることが先決だと思っていました。そんな中、能登半島地震もあり、能登のために何かできたらという気持ちがさらに強まったということも背中を押しました。

 

能登栗も、産業として見ると、このままでは後継者がおらず、衰退していく一方です。だからこそ「継ぎたくなる仕事」にしていかないといけない。本物を知り、本物を求めるお客様がいる銀座で能登栗の魅力や価値をきちんと伝えていくことは、そのための大きな一歩だと思いました

2025年3月に「GINZA SIX」にオープンした「WAGURISHIRATSUYU GINZA」

大規模空間から、狭小店舗まで

──今回店舗設計を担当した、浦建築研究所とはどのような接点があったのでしょう?

 

坂本:浦さんとは「趣都金澤」で以前から知り合いだったので、設計のプロに相談してみようと思い、お声がけさせていただきました。ただ当時の私には浦建築研究所さんは大規模な公共建築を手がけられているイメージが強く、“いちテナント”の内装を手がける印象があまりなかったんです。なので、どこか別の設計事務所をご紹介いただく形になるのかなと思っていたら、ご担当いただけるということで、ちょっと驚きました(笑)。

 

寺田:確かに、弊社にはあまり店舗内装のイメージはないかもしれませんね。でも浦代表としても、坂本さんからの直々のご相談で、かつ銀座でのお仕事ということで「ぜひ挑戦させてください」と。そこで、店舗設計の経験がある私が担当させていただくことになりました。

 

──浦建築研究所には、照明士をはじめ、機械設備の専門スタッフも在籍されていますよね。店舗内装などの「商業建築」においても、心強い布陣だと感じています。

「WAGURISHIRATSUYU GINZA」の設計を担当した、一級建築士の寺田さん
寺田さんが担当した「ル ミュゼ ドゥ アッシュKANAZAWA
浦建築研究所店舗事例「茶菓工房たろう」

銀座エリア最大級の商業施設での挑戦

──寺田さんが今回設計を担当される上で、まずどこから取り掛かられたのでしょう?

 

寺田:和栗白露さんは、しっかりとした“世界観”を築かれているお店なので、まずブランディングイメージを踏襲したいと思い、こちらの本店にうかがいました。町家ながらシャープで、坂本さんの感性が随所に感じられる空間。もちろん、モンブランもいただきました(笑)。しっかりとした風味がありながら、非常に上品で洗練された味わい。銀座での店舗も、そんなイメージで展開したいと思いました。

 

そしてGINZA SIXも、一般的な“デパ地下”とは一線を画す空間です。各地から選りすぐりの店舗が並び、デザインの面でもワンランクもツーランクも上をいくような。現地視察では、ここの設計を担当させていただくことに、背筋が伸びる思いがしましたね。

BIMモデルによる店舗イメージ
シャープな印象の金沢店(左右ともに画像提供:和栗白露)

素朴で力強い「能登らしさ」を
銀座に合わせた洗練された表現で

──設計のコンセプトとして大切にされたことはなんでしょう?

 

寺田:やはり「能登らしさ」を表現することは大きなテーマでした。けれどそれは「素朴で力強い、ありのままの魅力」というよりも、銀座という場にふさわしい、スタイリッシュに昇華されたものであるべきだと考えました。

 

そこでまず、アイキャッチとなる奥の壁一面に特徴を持たせました。用いたのは、セメントの質感や湧き出す白華(※)をあえて抑えずに生かした「SOLID」という建材です。一枚一枚表情が異なるこの素材は、和栗白露さんのお菓子が職人の手によって一つ一つつくられていることとも重なります。また、黒い瓦や下見板張りを連想させる壁は、石川県や能登らしさも感じていただけるよう考案しました。

 

(※)白華(はっか)…セメント中の水酸化カルシウムが水分に溶け出して表面に移動し、空気中の二酸化炭素と反応して白い固形物になる現象

 

──確かにこの色味や素材感は、能登の伝統工芸品である珠洲焼もどこか思わせますね。

 

寺田:そうなんです。いろんなイメージが重なり合うような素材で、見つけた時は「これだ!」と思いましたね。また、モラート(特殊モルタル左官仕上げ)のカウンターなども素材感があり、一見シャープでありながら、近くで見ると手仕事の温かみが感じられる、そんな空間を目指しました。

小さくとも、心地よく使える空間に

──今回の店舗は面積にすると、かなりコンパクトですよね?

寺田:そうですね。3.3m×4.8mなので、非常に限られたスペースです。かつ、いちテナントとしての空間なので、表現できることにも色々制限はありました。一般的なカウンター販売の形式をとられている店舗が多い中で、坂本さんからは「中にお客様を招き入れるような空間にしたい」という明確なご要望をいただき、今回のプランにしています。
また、「お茶を入れるための炉がほしい」といったご希望もうかがいながら、小さな面積の中に必要な機器をすべてレイアウトし、かつ無駄な動きが生まれないよう動線計画をしました。

 

坂本:希望を丁寧に聞いていただいて、満足しています。デザインだけでなく、実際に使ってみてもすごく機能的でした。

能登を知ってもらうこと
その先にある、能登栗の未来

坂本:今回銀座で挑戦させていただいて、「場所によって戦略を変える必要がある」ということも勉強になりました。銀座店では、日持ちのする「焼き菓子」にも力を入れています。というのも、実際にやってみると、銀座では「生菓子」よりも「手土産」の需要が圧倒的に高いことが分かって。そのことを受けて戦略を変えた結果、今では企業の秘書の方々がよく買いに来てくださるようになりました。さらに、「以前いただいておいしかったので」と、贈られた側のお客様が買いに来てくださることも増えています。

 

当初は「新鮮な栗の味を感じられる生菓子を味わっていただきたい」という思いが強かったのですが、石川の食材を多く使った焼き菓子を入口に、和栗の生菓子を買ってくださることにもつながる。それは、能登の魅力を知っていただくきっかけにもなるのだと感じています。

銀座の贈答文化に適応したスタイルで(画像提供:和栗白露)

──銀座店も軌道にのってきたところで、今後はどのように展開していきたいとお考えですか?

 

坂本:「能登栗の文化を絶やすわけにはいかない」という思いは、やはり強くあります。私たちは、土地ならではの味わいを守り、未来へつなげていきたいという願いから、栗農園を引き継ぐことを決断したので。

できれば、東京や金沢から、能登へと人の流れを生み出していきたいですね。目の前に広がる栗園を眺めながら、栗のスイーツを食べる。そんな体験ができれば、より和栗がおいしく感じられるだろうと思うんです。能登の魅力を知っていただくこと。その先に、産業としての栗園の未来も見えてくるのではないかと思っています。

(取材:2026年5月)